Dry & Heavy (ドライ・アンド・ヘヴィー)


おそらく日本でもっとも低音が唸っているバンド。Audio Active のドラマー "Dry" こと七尾茂とベーシストの "Heavy" こと秋本武士が出会う。レゲエという音楽がいつまでも輝きを失わない理由をドラムとベースの強さに見出し、91年、リズム隊として "Dry & Heavy" が結成される。95年、"和製マッド・プロフェッサー" の呼び声高いダブエンジニア内田直之、リックル・マイと井上青の二人ヴォーカリスト、V.I.P.クルーから外池満広と堀口馨が参加し現在の編成に至る。
その活動は日本だけにとどまらず、Asian Dub Foundationとのコラボレーションや大規模な欧州ツアーの敢行、英国レディングで開催された「WOMAD UK 2000」には唯一の日本アーティストとして出演するなど、実に多岐にわたる。
"The Sly & Robbie of Shinjuku" とも称され、レゲエがけっしてリゾートミュージックではないことを体現し続けるライヴ・ダブ・バンドである。

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Steve Aoki(スティーブ青木)
スティーブアオキ






■楽曲を聞く:official site


フジロックニュース


 ニューヨーク生まれ。Benihanaレストランのオーナー、Rocky Aokiを父に持ち、モデル兼女優であるDevon Aokiを姉にもつ。

90年代終わりにまだ大学生だったSteveがDJとして好き好んでプレイしていたのは紛れもないロックミュージックであった。ロックをダンスフロアーに 落とし込むことがまた真新しかったこの時代にそれは斬新とも挑発とも取れるものであったが、彼のカリスマ性とセンスでそのコンセプトは瞬く間にアメリカ全 土で受け入れられるようになる。彼が主催する、ロサンジェルスのCinespaceやハリウッド最大級のパーティーLAX、ニューヨークのMarquee などは今も長蛇の列ができないことはない。

1996年には音楽インディーレーベル、Dim Makを設立。Bloc Party、The Rakes、Moving Units、The Killなどを世に送り出し、Klaxons, Scanners, Whitey and Mystery Jetsなどアメリカに紹介したこのレーベルが残したインパクトはシーンにとって計り知れないものがある。また2006年には同名のファッションブランド もスタートするなど、まさにアメリカの音楽&ファッション界のオピニオンリーダがこのSteve Aokiである。

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SEUN KUTI & EGYPT 80
Egypt 80

 フジロック2009(日曜日)  Orange Court


TONY ALLENと共にアフロビートを築き上げた創始者FELA KUTI没後10年、息子の1人SEUN KUTIが父のバックバンドEGYPT 80を率いてデビューシングルをリリース。FELA KUTIのアフロ・グルーヴを受け継ぎ、力強い楽曲を披露。世代を超えて今尚生き続ける確かなグルーヴ!

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渋さ知らズ(しぶさしらズ)
渋さ知らズ(しぶさしらズ)



不破大輔 ダンドリスト(指揮)、ベース
鈴木新 ソプラノサックス、EWI
吉岡みどり ソプラノサックス、ヴォーカル
小森慶子 アルトサックス、ソプラノサックス
川口義之 アルトサックス、ハーモニカ
立花秀輝 アルトサックス
太田豊 アルトサックス
片山広明 テナーサックス
広沢リマ哲 テナーサックス
佐藤帆 テナーサックス
吉田祥一郎 テナーサックス  
吉田隆一 バリトンサックス
鬼頭哲 バリトンサックス
花島直樹 バスクラリネット
室舘彩 フルート、ヴォーカル
北陽一郎 トランペット
辰巳光英 トランペット
きんたまい トランペット
たむたむ(田村文彦) トロンボーン
中根信博 トロンボーン
高岡大祐 テューバ
ウォルティ パンフルート
加藤崇之 ギター
内橋和久 ギター
斉藤"社長"良一 ギター
大塚寛之 ギター
ファンテイル ギター、6弦ベース
鈴木一郎(スズキイチロウ) ギター
石渡明廣 ギター
臼井康浩 ギター
ヒゴヒロシ ベース
小野章 ベース
早川岳晴(SALT) ベース
芳垣安洋(DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN/ROVO/モダンチョキチョキズ/アルタード・ステイツ) ドラムス
植村昌弘 ドラムス
大沼志朗 ドラムス
つの犬(ツノ犬) ドラムス
宗修司(SOH-BAND) ドラムス
倉持整 ドラムス
磯部潤 ドラムス
岡村太 ドラムス
トビー須崎 ドラムス
関根真理 パーカッション、ヴォーカル
松(松村孝之) パーカッション
ラッキー(川崎ラッキー) パーカッション
スガダイロー(須賀大郎) ピアノ
渋谷毅(渋谷毅オーケストラ) オルガン
中島さち子 キーボード
丸山涼子 キーボード
佐々木彩子 キーボード、ヴォーカル
勝井祐二(ROVO) ヴァイオリン
太田恵資 ヴァイオリン
ムーチョde赤坂(赤坂喜代司) アコーディオン
さやか(中田清香) ダンス
ペロ(和田結美) ダンス
おしゃもじ隊 ダンス
星野建一郎 舞踏
松原東洋 舞踏
反町鬼郎 ボイス
渡部真一 ボイス、MC
南波トモコ ヴォーカル、MC
伊郷俊行 ボイス
林周一 アクト
笠原真志 アクト
田中篤史 エンジニア ギター
青山健一 ペイント
横沢紅太郎 映像
池ちゃん 天幕舞台設計
青山貴 舞台監督
安部田保彦 舞台監督
上木文代 アート
三浦夕佳里 コスチュームデザイン
久保優子 ダンス
宍倉暁子 ダンス
ノムラジュンコ ダンス
今野聡 テナーサックス
日下部安広 アルトサックス
コヤマナオコ ボイス
山田一郎 広報部員
 フジロック2009(日曜日)  Orange Court


渋さ知らズ(しぶさしらズ)は、不破大輔を中心とする日本の超巨大バンド。略称「渋さ」。
1989年結成。当初から大型バンドを指向してダンサーチームも帯同。代々木を中心にライブ活動に明け暮れ、多くのジャズミュージシャン等が出入りする。1993年初音源を発表、同年には公演の場を西日本まで拡大する。アンダーグラウンド・シーンでの活動や海外公演も行いながら、2001年、フジ・ロック・フェスティバルに参加し、ライブアルバム「渋旗」を発表する。2006年にはベストアルバム「渋全」にてエイベックスよりメジャーデビューする。
1989年8月、アングラ創造集団「発見の会」の公演「リズム」の劇伴を依頼された不破大輔が、「客席が空席だらけでみっともないので、バンドマンをたくさん集めて埋めてほしい」との提案を受け、結成。同年9月18日、吉祥寺曼荼羅にて初ライブ。ダンサーチーム「乳房知らズ」も結成され、ジャズ、ロック、ダンスミュージックなど多彩な音楽性を備えたバンドに発展。翌年から代々木を中心に「代々木地下活動」と呼ばれるライブ活動を活発に行う。
メンバーの離合集散(物故者も含む)を繰り返しながら1993年4月1日に初音源を発表。同年に舞台美術家も加わり、巨大なオブジェがステージに登場するようになる。関西方面へも活動の場を広げたのもこの年である。京都大学、法政大学、同志社大学、大阪芸術大学、和光大学等大学での公演も積極的に行う。
1994年以降、「天幕渋さ」と呼ばれるテント公演も実施する。1995年には初のスタジオ音源「Be Cool」発売。
1997年以降、「第2世代」と呼ばれる若手ミュージシャンの参加が活発となる。また同年寿町フリーコンサートにも初出演。
1998年に初のワールドツアーを実施、日本はもとより欧州を中心とした各国でも公演を行う(ドイツ、ノルウェー、チェコ、オーストリア、韓国等)。2001年にフジ・ロック・フェスティバルに初出演、絶賛を浴びる。同年発売のライブアルバム「渋旗」もロングセラーとなる。同作はジャケット画をしりあがり寿が担当したことも話題となった。
2002年以降、動員数を着実に上昇させ公演会場も数百人単位のライブハウスに拡大していく。2005年にはテント公演を収録した「天幕〜宇宙を駆ける〜」等映像作品のリリースが活発となる。翌2006年、ベストアルバム「渋全」をエイベックスから発売し、メジャーデビューを果たした。現在もライブ活動を中心に、精力的に活動中。

音楽性 
多様なカテゴリー
渋さは、中心人物の不破大輔がジャズベーシストとしても活動していることからジャズバンドにカテゴライズされることが多い。しかし管楽器部門の中には前衛音楽的アプローチやチンドン演奏がある。また、ギターやキーボード等はロック的な要素も持つ。更にダンサーたちはキャバレーダンサー、暗黒舞踏家、サンバダンサー等様々な背景を持っている。

 楽曲
渋さの楽曲は大半が器楽曲(インストゥルメンタル)であり、基本的にはシンプルなフレーズを徐々に音圧を上げながら延々と繰り返すことで構成される楽曲が多いが、カオティックなサウンドで何を演奏しているのか理解できないものも多々ある。またタイトルにユニークで意味不明なものが多い。そのメロディーラインは口ずさめる程度に単純なものも多く、オーディエンスを交えた大合唱(歌詞のないものは「ラララ」で歌われる)はライブにおける一つのハイライトである。こうした楽曲構成には、不破と親交のあったサックスプレーヤーの篠田昌已(JAGATARA等)が語った「ユニゾンは深いんだよ」という言葉が大きく影響している[要出典]。なお不破はJAGATARAを「宇宙一好きなバンド」と発言している。
 
代表曲
自衛隊に入ろう(高田渡のカバー曲)
諸行でムーチョ(「諸行無常」の捩り)
仙頭
反町鬼郎(初期渋さのメンバー名を冠した楽曲)
ナーダム(渋さのカオスを端的に表した代表曲。作曲は林栄一)
ひこーき(近年のライブで歌われることの多い声楽曲)
Pチャン(2007年、参天製薬「サンテ40」のCMソングに使われた)
火男(ひょっとこ)
本多工務店のテーマ(ライブの終盤で演奏される代表曲)
股旅
渚の男(2008年、TOYOTA「ヴァンガード」のCMソングに使われる)

 衛星プロジェクト
渋さはメンバーが多数存在し、それぞれが多くのプロジェクトにも関わっていることから、バンド内バンドと呼べる変則的な編成で活動を行うこともある。代表的なバンド内バンドは以下の通り。
乳房知らズ(ダンサーチーム)
渋さチビズ(5名ほどの編成で構成される、ミニマムな渋さ知らズ)
渋さ知らズオーケストラ(ここで触れている大編成の渋さ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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ソウル・フラワー・ユニオン(SOUL FLOWER UNION)

ソウル・フラワー・ユニオン(SOUL FLOWER UNION)



中川敬
(唄、ギター、三線など)ex.ニューエスト・モデル
バンドの大半の作詞、作曲、編曲、プロデュース、デザイン・ワークなどを手がける。日本では数少ない社会的発言のできるミュージシャンの一人で、徹底して現場主義にこだわっている。反権力、反権威、アナーキストの視座から、非戦の立場を明確にしているが、既成のイデオロギーや宗教への嫌悪もしばしば表明している。熱狂的な阪神タイガースのファン(本人は「宗教」と言い、甲子園観戦することを「巡礼」と言い切っている)。ヨーロッパ映画、世界のトラッド・ミュージック(民謡)、ローリング・ストーンズ、ビートルズにも詳しい。ソウル・フラワーの活動以外にソウルシャリスト・エスケイプ、ヤポネシアン・ボールズ・ファウンデーションなどの別プロジェクトがある。愛称は「番長」「ゲーリー」などがあったが、今では昔からの知り合いや古参のファン以外はあまり使わない。ここ数年は、バンド周辺の子どもたちを中心に「ゲゲ」と呼ばれている。

伊丹英子
(ブズーキ、チンドン太鼓、チャンゴ、三板など)ex.メスカリン・ドライヴ
愛称「ヒデ坊」。中川とともにバンドの精神的支柱で、被災地出前ライヴ(ソウル・フラワー・モノノケ・サミット、ソウル・フラワー震災基金)や沖縄 PEACE MUSIC FESTA!(辺野古の米軍基地建設計画反対イベント)の発案者でもある。音響性外傷の療養と育児のため、2005年以降、沖縄(本島)に在住し、音楽活動はソウル・フラワー・モノノケ・サミットに専念している(時折、チンドン太鼓やブズーキでソウル・フラワー・ユニオンにも参加する)。ドーナル・ラニー関連のCD作品を中心にリリースするZO-San Recordの主宰者でもあり、彼女が主催するイベントは『つづら折りの宴』と呼ばれる。京都・河原町で「カムイ・ミンタラ」というアジア雑貨店を経営していたこともある。

奥野真哉
(キーボード)ex.ニューエスト・モデル
サウンド・メイキングにおいて、中川の片腕的存在。メンバー中、最も課外活動が盛んで、多くのアーティストのサポートや、時にプロデュースもする。ウルフルズやボニー・ピンクのメンバーとして、NHK紅白歌合戦に2度出演。小泉今日子や斉藤和義のバック・メンバーとしてテレビに出演することもままある。こうしたJ-POP的な課外活動を、中川がライヴのMCなどで面白がってネタにすることもあるが、イベントなどに2人だけで出演することも多く、ソウル・フラワー・アコースティック・パルチザン名義でリクオ(時にJIGEN)を加えた3人による全国ツアーもしばしば行なっており、信頼関係はなお強固である。Kiss-FM KOBEでラジオパーソナリティを務めていたこともある(『ロッキン・アジール・ジャミング』)。愛称は「ウキウキ・オクノ」「らくだ」などがあったが、定着には至っていない。

伊藤孝喜
(ドラム、パーカッションなど)ex.朴保&切狂言
2000年12月のツアーより、ソウル・フラワー・ユニオンに加入。中川敬の別プロジェクトのヤポネシアン・ボールズ・ファウンデーションにも参加し、元シェイディ・ドールズの塚本晃のNOWHERE、加藤志乃ぶ & orange cloud、志田歩 & Teazerなどでも活動中である。佐藤行衛と韓国でもコプチャンチョンゴルを結成しており、時折、渡韓している。ハングルが使える。フランク・ザッパがフェイヴァリット・アーティスト。

JIGEN
(ベース)
2003年3月のツアーより、ソウル・フラワー・ユニオンに加入。セルフ・ユニットの桃梨のメンバーとしても活動中である。 頭脳警察 、 朝崎郁恵、coba、歌民、古家杏子など、セッション・ワークも多岐にわたる。津軽三味線風の速弾きが得意で、高橋竹山がフェイヴァリット・アーティスト。ソウル・フラワー・ユニオンのステージでは、「秋田音頭」や「ソーラン節(騒乱節)」など、日本民謡のレパートリーでリード・ヴォーカルをとる。

高木克
(ギター、ブズーキなど)
シェイディ・ドールズ、三宅伸治&THE TRAMP、NO STARS INNOVATION、H-ROLLERS、MOONEY & HIS LUCKYRHYTHMなど、数々のバンドを経て、2009年2月のレコーディングより、ソウル・フラワー・ユニオンに加入。ギター以外に、ペダル・スティール、マンドリン、ブズーキなど、弦楽器全般の名手である。 ロニー・レイン、チャールズ・ミンガスがフェイヴァリット・アーティスト。

上村美保子
(コーラス)
セルフ・ユニットの桃梨のヴォーカリストとしても活動中。テレビやラジオのナレーション、CMソング、女優等の活動も知られる。ソウル・フラワー・ユニオンには、2005年に参加した当初、ヘルパー的な立場であったが、ここ数年はサポート・メンバーとしてライヴやレコーディングに欠かせない存在となっている。JIGEN同様、日本民謡のレパートリーなどで、リード・ヴォーカルをとることもある。

 

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ソウル・フラワー・ユニオン(SOUL FLOWER UNION)は、1993年に結成された日本のミクスチャー・ロック・バンド。
ソウル・フラワー・モノノケ・サミット(SOUL FLOWER MONONOKE SUMMIT)は、1995年の阪神・淡路大震災を機に生まれた、ソウル・フラワー・ユニオンの別働隊チンドン楽団。

結成(1993〜)
1988年に自主レーベル「ソウル・フラワー・レコード」を共同設立し、ともに活動を行っていた2つのバンド、ニューエスト・モデル(1985年 - 1993年)とメスカリン・ドライヴ(1984年 - 1993年)が、同時に解散し、統合するという形で、1993年9月に結成された。
同年11月に、メスカリン・ドライヴの4thアルバムとして制作を開始していたアイヌ民族抵抗史をテーマに据えたアルバム『カムイ・イピリマ』で、アルバム・デビュー。翌年、「物の怪解放」をテーマに据えた、新曲と後期ニューエスト・モデルのライヴ・レパートリーの混在する2ndアルバム『ワタツミ・ヤマツミ』をリリース。
以降、日本列島周辺の民謡(ヤマト、沖縄、朝鮮、アイヌ等)や大衆歌謡(壮士演歌、労働歌、革命歌等)、アイリッシュ・トラッドやジプシー音楽などのマージナル・ミュージックを、ロックンロール、リズム・アンド・ブルース、スウィング・ジャズ、サイケデリック・ロック、カントリー、レゲエ、パンク・ロックなどと融合させ、現場主義に立脚した、唯一無二の個性的な活動を続けている。
 
神戸、ドヤ街、アイルランド(1995〜)
1995年2月、阪神・淡路大震災の直後に伊丹英子の発案で、震災被災者を励ますため、ソウル・フラワー・モノノケ・サミット名義による「出前慰問ライヴ」を開始。被災地特有の諸般の理由からアコースティックな楽器を用いることにし、エレキ・ギターを沖縄の三線に、ドラムをチンドン太鼓やチャンゴ(朝鮮太鼓)に持ち替え、他のメンバーはそれぞれアコーディオンやクラリネットなどを持ち、震災初期はマイクの替わりにメガホンや拡声器を使い、避難所や仮設住宅などで演奏活動を行った(震災当初、如何なる場所でも演奏出来る、ということが主眼に置かれた故の「非電化」であった)。震災被災者の中でも、特に年配のために、戦前戦後の流行り唄や壮士演歌、ヤマト民謡・沖縄民謡・朝鮮民謡・アイヌ民謡などをレパートリーにし、チンドン・アレンジで演奏し、彼らを力付けた。また、同時期に伊丹英子が『ソウル・フラワー震災基金』を立ち上げ、長期にわたり震災被災者の支援を積極的に行っている。
中川敬が震災の一ヶ月後に書き下ろした「満月の夕」では、被災地の惨状や、復興への厳しい現実、そして、それらに向き合う人々のひたむきな姿が歌い込まれ、大きな反響を得た(主旋律の一部は山口洋との共作)。それを受け、この曲は後年においてもガガガSPや沢知恵、平安隆、酒井俊、J-Min、大竹しのぶなど複数のアーティストによりカバーされている。
そうした多くの出逢いを生んだ被災地での活動は、ソウル・フラワー・ユニオンの3rdアルバム『エレクトロ・アジール・バップ』、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットの『アジール・チンドン』『レヴェラーズ・チンドン』など、初期のピークを指し示している作品群の隅々に反映している。
1997年、伊丹英子の耳の持病(音響性外傷)が悪化し、ソウル・フラワー・ユニオンとしての活動を一時停止するが、同年年末に活動再開。活動停止期間中は、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットとしての活動(ドヤ街、障害者イベント、ベトナム、フィリピン、香港など)と、中川敬のソロ・プロジェクトであるソウルシャリスト・エスケイプの活動を行っていた。この中川のソロ活動により、ドーナル・ラニー、シャロン・シャノン、アルタン、キーラらアイリッシュ・トラッド界の歴々たるアーティストとの交流、レコーディング・セッションが始まり(『ロスト・ホームランド』『マージナル・ムーン』『ウィンズ・フェアグラウンド』『スクリューボール・コメディ 』など)、大衆歌謡とトラッド、ロックをミクスチャーした独自の音楽世界を確立してゆく。

東ティモール、パレスチナ、辺野古(2000〜)
1999年、大手レーベルを離れ、映画『アンチェイン』のサントラ、非戦三部作(『アザディ!?』『ラヴ・プラスマイナス・ゼロ』『シャローム・サラーム』)、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットの『デラシネ・チンドン』など、自主レーベルからクオリティの高い多くの作品を精力的にリリース。東ティモール独立式典でのライヴ (2002年) や、三度に亘るフランス・ツアー (2002年) 、国後島(2003年)、台湾(2004年)、韓国 (1999年、2005年) 、ヨルダン・パレスチナ難民キャンプでのライヴ (2005年) など、その国際的な活動が作品として実を結んだ大作アルバム『ロロサエ・モナムール』は、2005年に発表された。
2007年2月、新たな米軍基地建設計画で揺れる沖縄・辺野古のビーチ(在日米軍海兵隊基地キャンプ・シュワブそば)で『PEACE MUSIC FESTA!』を主催し、その模様はDVD作品『ライヴ辺野古』、シングル『辺野古節』『海へゆく』に結実。『非戦音楽人会議』の主宰など、積極的に現場とのコミットを続けている。
2006年から日本全国を回る為のアコースティック・ユニット、ソウル・フラワー・アコースティック・パルチザンを結成し、中川敬、奥野真哉、リクオ(時にJIGEN)の三人での地方巡業ツアーも活動の合間に行なっている。

 現在へ(2008〜)
2008年9月、3年ぶりのフル・アルバム『カンテ・ディアスポラ』(73分の大作)をリリース。2009年、脱退した河村博司に代わり新加入した高木克が参加したマキシ・シングル『ルーシーの子どもたち』『アクア・ヴィテ』、10年振りのライヴ・アルバム『エグザイル・オン・メイン・ビーチ』をリリース。
三ヶ月に一度(3、6、9、12月)開催される「東(名)阪ツアー」は1997年12月から休むことなく続いており、2007年からは毎年3月に『闇鍋音楽祭』を開催している(『年末ソウル・フラワー祭』は1987年から続いている)。トラッド、ソウル、ジャズ、パンク、レゲエ、ラテン、民謡、チンドン、ロックンロールなど、様々な音楽を精力的に雑食、それを具現化する祝祭的ライヴは国内外で高い評価を得ている。
親交のあるアーティストは多く、同世代や若手世代以外にも、例えば、登川誠仁、田端義夫、加藤登紀子、大城美佐子、照屋政雄、柴山俊之(ex.サンハウス)、パンタ(ex.頭脳警察)、喜納昌吉&チャンプルーズ、ネーネーズ、大工哲弘、梅津和時、渋さ知らズ、有山じゅんじ、友部正人、早川義夫、春日博文(ex.カルメン・マキ&OZ)、OKI、金子飛鳥、原爆オナニーズ、BO GUMBOS、アナーキー、池畑潤二(ex.ザ・ルースターズ)、JAGATARA等とレコーディングやライヴでしばしば共演している。
活動範囲も幅広く、ベトナム、フィリピン(スモーキー・マウンテン)、香港、韓国、北朝鮮、台湾、フランス、東ティモール(独立式典)、ヨルダン(パレスチナ難民キャンプ)、北方領土(国後島)など世界中でライブを、アイルランド、イギリスなどでレコーディングも行っている。アイリッシュ・トラッド界のミュージシャン達や、ビリー・ブラッグ、ミック・ジャガー、ザ・ポーグス、スピーチ(アレステッド・ディベロップメント)、3ムスタファズ3など、海外ミュージシャンらによる評価も高い。

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頭脳警察(ずのうけいさつ)




 フジロック2009(日曜日)  Orange Court


頭脳警察(ずのうけいさつ)は、日本のロックバンド。
共産主義的な革命運動が激化する時代背景にあって、世界革命を叫ぶ等の過激な歌詞によって音源の発禁、放送禁止が相次いだ。しかしその一人歩きしたイメージとは裏腹に、オールドテイストなロックンロールやバラードも取り入れた実直な日本語ロックを展開した。
1970年パンタ(中村治雄)、トシ(石塚俊明)で結成。「ダサくてもいいからオリジナリティに満ち、自信をもって人前で演奏できる」ことを目指す。
名前の由来はフランク・ザッパの「Who Are The Brain Police?」(『Freak Out!』収録)という曲からとられたもの。
政治的に過激な歌詞により1972年のファーストアルバム「頭脳警察1」は発売中止(ちなみにジャケットは3億円事件犯人のモンタージュ)、「頭脳警察セカンド」の中の3曲は放送禁止になった。この頃コンサート会場では赤軍派によるアジテート演説が行われるなど、反体制バンドと呼ばれていた。
1975年解散。パンタはソロ〜PANTA & HAL、トシは奇矯、シノラマなどで活動。
1990年に1年間だけ再結成。復活作「頭脳警察7」にはマルコシアス・バンプやザ・グルーヴァーズなど豪華ゲスト陣が参加。翌年の「歓喜の歌」にもコーラスで荻野目洋子などの名前がクレジットされている。旧作「セカンド」から「悪たれ小僧」までがCDで再発。
2001年に再々結成。幻と言われた「頭脳警察1」も30年の時を経てようやくリリースされた。現在はパンタ、トシに藤井一彦(ギター/ザ・グルーヴァーズ)、JIGEN(ベース/ソウル・フラワー・ユニオン、桃梨)が加わり4人編成で活動中。
2008年
5月18日、日比谷野外音楽堂にて開催された「Japan Rock Band Fes. 2008」に参加。(出演者:BLUES CREATION/頭脳警察/紫 (バンド)/めんたんぴん)
2009年
5時間14分に及ぶ大作『ドキュメンタリー 頭脳警察』が公開。
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ファナ・モリーナ(Juana Molina
ファナ・モリーナ(Juana Molina

 フジロック2009(日曜日)  Orange Court


ファナ・モリーナ(Juana Molina、1962年-)は、アルゼンチン、ブエノスアイレス出身のシンガーソングライター、女優。
5歳の頃から父親にギターを教わる。
1988年から、アルゼンチンのコメディ番組の女優としてキャリアを開始した。
1996年、1stアルバム『Rara』を発売。
2000年に発表した『Segundo』は『Entertainment Weekly』の「Best World Music Album 2003」で評判となった。
3rdアルバム『Tres Cosas』は『ニューヨーク・タイムズ』の「Top Ten Records of 2004」に選ばれた。
2009年、フジロックフェスティバルで来日し、2日間で3ステージ(木道亭・ジプシーアバロン・オレンジコート)ライブを披露した。

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Altan Urag (アルタンウラグ)
Mongol[from UK]

 フジロック2009(日曜日)  Orange Court


モンゴル・ウランバートル出身のフォーク・ロック・バンド。メンバーはいずれも音楽舞踊学校の伝統的な民族楽器学科を卒業。馬頭琴、ラマ笛などのモンゴルの伝統楽器に、ホーミーや民謡を効果的に配し、現代風にアレンジされたモンゴル音楽を奏でる。モンゴル文化を世界に知らしめるべく国際的な活動を展開しており、日本では浅野忠信が主演した映画『モンゴル』(2008年)で音楽を担当したことから、その名が広く知られるようになった。バンド名はチンギス・ハーンの子孫の末裔を意味する言葉に由来。

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ブッカー・T・ジョーンズ(Booker T. Jones)
ブッカー・T・ジョーンズ(Booker T. Jones,

 フジロック2009(土曜日)  Orange Court


ブッカー・T・ジョーンズ(Booker T. Jones, 1944年11月12日- )はアメリカテネシー州メンフィス出身のオルガニストで、ソングライター、プロデューサー、アレンジャー。スタックス・レコードのハウスバンド、ブッカー・T&ザ・MG'sのフロントマンとして知られる。
1992年にバンドはロックの殿堂入りを果たした。
テネシー州メンフィス生まれ。幼少の頃よりオーボエやサクソフォーン、トロンボーン、ピアノの楽器を学校で演奏し、教会にてオルガンを演奏していた。高校はブッカー・T・ワシントン高校へと通った。
16歳の時プロミュージシャンとして、サテライト・レコードにてバリトン・サックスを演奏。ルーファス&カーラ・トーマスの"Cause I Love You"がヒットする。
間も無くサテライトはスタックスと改称、ジョーンズは社員であった、スティーヴ・クロッパーと出会い、1962年に自分の名をフロントとしたザ・MG'sを結成。ジョーンズがオルガンを、スティーヴがギターを、ルイス・スタインバーグがベース・ギターを、アル・ジャクソン・ジュニアがドラムを担当した。ドラムは後にドナルド・ダック・ダンに替わった。
ザ・MG'sはスタックスのハウスバンドとして、オーティス・レディングやサム&デイヴ、ウィルソン・ピケットなどをサポートした。
バック・バンドとして活動する中で、ソロ活動もしており、"Green Onion"等がヒットする。1971年のMelting Potを最後に活動を停止、幾度か再結成を繰り返した後に1994年に改めて活動を再開している。
ジョーンズ本人のソロ作は長い活動に反して少なく、1972年にThe Runawayを、1978年にTry and Love Againをリリース。2009年には20年ぶりとなるソロ作Potato Holeをアンタイ・レコードよりリリースした。このアルバムではドライヴ・バイ・トラッカーズがバックバンドを務め、またニール・ヤングがギターで参加している。

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SOIL&"PIMP"SESSIONS(ソイル・アンド・ピンプ・セッションズ)
SOIL&PIMPSESSIONS



社長
(しゃちょう、本名:久嶋識史、1978年1月18日 - 、福井県武生市出身) - アジテーター担当。
タブゾンビ(たぶぞんび、本名:椨智紹、1977年4月13日 - 、鹿児島県いちき串木野市出身) - トランペット担当。名前はロブ・ゾンビに由来。

元晴
(もとはる、本名:深田元晴、1973年6月29日、北海道名寄市出身) - サックス担当。

丈青
(じょうせい、本名:佐藤丈青、1975年10月30日 - 、広島県広島市佐伯区出身)ピアノ、キーボード担当。

秋田ゴールドマン
(あきたごーるどまん、本名:秋田紀彰、1977年7月8日 - 、東京都目黒区出身) - ウッドベース担当。

みどりん
(本名:緑川直人、1978年1月30日 - 、福島県いわき市出身) - ドラム担当。
 フジロック2009(土曜日)  Orange Court


SOIL&"PIMP"SESSIONS(ソイル・アンド・ピンプ・セッションズ)は、日本の6人組ジャズバンドである。メジャーデビューをきっかけに、バンド名を「SOIL&HEMP SESSIONS」から「SOIL&"PIMP"SESSIONS」に改名。
既存のジャズとは大きく異なるスタイルは「爆音ジャズ」と評され、メンバー自らはジャンルを「デスジャズ (Death JAZZ) 」と称している。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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