ソウル・フラワー・ユニオン(SOUL FLOWER UNION)

ソウル・フラワー・ユニオン(SOUL FLOWER UNION)



中川敬
(唄、ギター、三線など)ex.ニューエスト・モデル
バンドの大半の作詞、作曲、編曲、プロデュース、デザイン・ワークなどを手がける。日本では数少ない社会的発言のできるミュージシャンの一人で、徹底して現場主義にこだわっている。反権力、反権威、アナーキストの視座から、非戦の立場を明確にしているが、既成のイデオロギーや宗教への嫌悪もしばしば表明している。熱狂的な阪神タイガースのファン(本人は「宗教」と言い、甲子園観戦することを「巡礼」と言い切っている)。ヨーロッパ映画、世界のトラッド・ミュージック(民謡)、ローリング・ストーンズ、ビートルズにも詳しい。ソウル・フラワーの活動以外にソウルシャリスト・エスケイプ、ヤポネシアン・ボールズ・ファウンデーションなどの別プロジェクトがある。愛称は「番長」「ゲーリー」などがあったが、今では昔からの知り合いや古参のファン以外はあまり使わない。ここ数年は、バンド周辺の子どもたちを中心に「ゲゲ」と呼ばれている。

伊丹英子
(ブズーキ、チンドン太鼓、チャンゴ、三板など)ex.メスカリン・ドライヴ
愛称「ヒデ坊」。中川とともにバンドの精神的支柱で、被災地出前ライヴ(ソウル・フラワー・モノノケ・サミット、ソウル・フラワー震災基金)や沖縄 PEACE MUSIC FESTA!(辺野古の米軍基地建設計画反対イベント)の発案者でもある。音響性外傷の療養と育児のため、2005年以降、沖縄(本島)に在住し、音楽活動はソウル・フラワー・モノノケ・サミットに専念している(時折、チンドン太鼓やブズーキでソウル・フラワー・ユニオンにも参加する)。ドーナル・ラニー関連のCD作品を中心にリリースするZO-San Recordの主宰者でもあり、彼女が主催するイベントは『つづら折りの宴』と呼ばれる。京都・河原町で「カムイ・ミンタラ」というアジア雑貨店を経営していたこともある。

奥野真哉
(キーボード)ex.ニューエスト・モデル
サウンド・メイキングにおいて、中川の片腕的存在。メンバー中、最も課外活動が盛んで、多くのアーティストのサポートや、時にプロデュースもする。ウルフルズやボニー・ピンクのメンバーとして、NHK紅白歌合戦に2度出演。小泉今日子や斉藤和義のバック・メンバーとしてテレビに出演することもままある。こうしたJ-POP的な課外活動を、中川がライヴのMCなどで面白がってネタにすることもあるが、イベントなどに2人だけで出演することも多く、ソウル・フラワー・アコースティック・パルチザン名義でリクオ(時にJIGEN)を加えた3人による全国ツアーもしばしば行なっており、信頼関係はなお強固である。Kiss-FM KOBEでラジオパーソナリティを務めていたこともある(『ロッキン・アジール・ジャミング』)。愛称は「ウキウキ・オクノ」「らくだ」などがあったが、定着には至っていない。

伊藤孝喜
(ドラム、パーカッションなど)ex.朴保&切狂言
2000年12月のツアーより、ソウル・フラワー・ユニオンに加入。中川敬の別プロジェクトのヤポネシアン・ボールズ・ファウンデーションにも参加し、元シェイディ・ドールズの塚本晃のNOWHERE、加藤志乃ぶ & orange cloud、志田歩 & Teazerなどでも活動中である。佐藤行衛と韓国でもコプチャンチョンゴルを結成しており、時折、渡韓している。ハングルが使える。フランク・ザッパがフェイヴァリット・アーティスト。

JIGEN
(ベース)
2003年3月のツアーより、ソウル・フラワー・ユニオンに加入。セルフ・ユニットの桃梨のメンバーとしても活動中である。 頭脳警察 、 朝崎郁恵、coba、歌民、古家杏子など、セッション・ワークも多岐にわたる。津軽三味線風の速弾きが得意で、高橋竹山がフェイヴァリット・アーティスト。ソウル・フラワー・ユニオンのステージでは、「秋田音頭」や「ソーラン節(騒乱節)」など、日本民謡のレパートリーでリード・ヴォーカルをとる。

高木克
(ギター、ブズーキなど)
シェイディ・ドールズ、三宅伸治&THE TRAMP、NO STARS INNOVATION、H-ROLLERS、MOONEY & HIS LUCKYRHYTHMなど、数々のバンドを経て、2009年2月のレコーディングより、ソウル・フラワー・ユニオンに加入。ギター以外に、ペダル・スティール、マンドリン、ブズーキなど、弦楽器全般の名手である。 ロニー・レイン、チャールズ・ミンガスがフェイヴァリット・アーティスト。

上村美保子
(コーラス)
セルフ・ユニットの桃梨のヴォーカリストとしても活動中。テレビやラジオのナレーション、CMソング、女優等の活動も知られる。ソウル・フラワー・ユニオンには、2005年に参加した当初、ヘルパー的な立場であったが、ここ数年はサポート・メンバーとしてライヴやレコーディングに欠かせない存在となっている。JIGEN同様、日本民謡のレパートリーなどで、リード・ヴォーカルをとることもある。

 

 フジロック2009(日曜日)  Orange Court


ソウル・フラワー・ユニオン(SOUL FLOWER UNION)は、1993年に結成された日本のミクスチャー・ロック・バンド。
ソウル・フラワー・モノノケ・サミット(SOUL FLOWER MONONOKE SUMMIT)は、1995年の阪神・淡路大震災を機に生まれた、ソウル・フラワー・ユニオンの別働隊チンドン楽団。

結成(1993〜)
1988年に自主レーベル「ソウル・フラワー・レコード」を共同設立し、ともに活動を行っていた2つのバンド、ニューエスト・モデル(1985年 - 1993年)とメスカリン・ドライヴ(1984年 - 1993年)が、同時に解散し、統合するという形で、1993年9月に結成された。
同年11月に、メスカリン・ドライヴの4thアルバムとして制作を開始していたアイヌ民族抵抗史をテーマに据えたアルバム『カムイ・イピリマ』で、アルバム・デビュー。翌年、「物の怪解放」をテーマに据えた、新曲と後期ニューエスト・モデルのライヴ・レパートリーの混在する2ndアルバム『ワタツミ・ヤマツミ』をリリース。
以降、日本列島周辺の民謡(ヤマト、沖縄、朝鮮、アイヌ等)や大衆歌謡(壮士演歌、労働歌、革命歌等)、アイリッシュ・トラッドやジプシー音楽などのマージナル・ミュージックを、ロックンロール、リズム・アンド・ブルース、スウィング・ジャズ、サイケデリック・ロック、カントリー、レゲエ、パンク・ロックなどと融合させ、現場主義に立脚した、唯一無二の個性的な活動を続けている。
 
神戸、ドヤ街、アイルランド(1995〜)
1995年2月、阪神・淡路大震災の直後に伊丹英子の発案で、震災被災者を励ますため、ソウル・フラワー・モノノケ・サミット名義による「出前慰問ライヴ」を開始。被災地特有の諸般の理由からアコースティックな楽器を用いることにし、エレキ・ギターを沖縄の三線に、ドラムをチンドン太鼓やチャンゴ(朝鮮太鼓)に持ち替え、他のメンバーはそれぞれアコーディオンやクラリネットなどを持ち、震災初期はマイクの替わりにメガホンや拡声器を使い、避難所や仮設住宅などで演奏活動を行った(震災当初、如何なる場所でも演奏出来る、ということが主眼に置かれた故の「非電化」であった)。震災被災者の中でも、特に年配のために、戦前戦後の流行り唄や壮士演歌、ヤマト民謡・沖縄民謡・朝鮮民謡・アイヌ民謡などをレパートリーにし、チンドン・アレンジで演奏し、彼らを力付けた。また、同時期に伊丹英子が『ソウル・フラワー震災基金』を立ち上げ、長期にわたり震災被災者の支援を積極的に行っている。
中川敬が震災の一ヶ月後に書き下ろした「満月の夕」では、被災地の惨状や、復興への厳しい現実、そして、それらに向き合う人々のひたむきな姿が歌い込まれ、大きな反響を得た(主旋律の一部は山口洋との共作)。それを受け、この曲は後年においてもガガガSPや沢知恵、平安隆、酒井俊、J-Min、大竹しのぶなど複数のアーティストによりカバーされている。
そうした多くの出逢いを生んだ被災地での活動は、ソウル・フラワー・ユニオンの3rdアルバム『エレクトロ・アジール・バップ』、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットの『アジール・チンドン』『レヴェラーズ・チンドン』など、初期のピークを指し示している作品群の隅々に反映している。
1997年、伊丹英子の耳の持病(音響性外傷)が悪化し、ソウル・フラワー・ユニオンとしての活動を一時停止するが、同年年末に活動再開。活動停止期間中は、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットとしての活動(ドヤ街、障害者イベント、ベトナム、フィリピン、香港など)と、中川敬のソロ・プロジェクトであるソウルシャリスト・エスケイプの活動を行っていた。この中川のソロ活動により、ドーナル・ラニー、シャロン・シャノン、アルタン、キーラらアイリッシュ・トラッド界の歴々たるアーティストとの交流、レコーディング・セッションが始まり(『ロスト・ホームランド』『マージナル・ムーン』『ウィンズ・フェアグラウンド』『スクリューボール・コメディ 』など)、大衆歌謡とトラッド、ロックをミクスチャーした独自の音楽世界を確立してゆく。

東ティモール、パレスチナ、辺野古(2000〜)
1999年、大手レーベルを離れ、映画『アンチェイン』のサントラ、非戦三部作(『アザディ!?』『ラヴ・プラスマイナス・ゼロ』『シャローム・サラーム』)、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットの『デラシネ・チンドン』など、自主レーベルからクオリティの高い多くの作品を精力的にリリース。東ティモール独立式典でのライヴ (2002年) や、三度に亘るフランス・ツアー (2002年) 、国後島(2003年)、台湾(2004年)、韓国 (1999年、2005年) 、ヨルダン・パレスチナ難民キャンプでのライヴ (2005年) など、その国際的な活動が作品として実を結んだ大作アルバム『ロロサエ・モナムール』は、2005年に発表された。
2007年2月、新たな米軍基地建設計画で揺れる沖縄・辺野古のビーチ(在日米軍海兵隊基地キャンプ・シュワブそば)で『PEACE MUSIC FESTA!』を主催し、その模様はDVD作品『ライヴ辺野古』、シングル『辺野古節』『海へゆく』に結実。『非戦音楽人会議』の主宰など、積極的に現場とのコミットを続けている。
2006年から日本全国を回る為のアコースティック・ユニット、ソウル・フラワー・アコースティック・パルチザンを結成し、中川敬、奥野真哉、リクオ(時にJIGEN)の三人での地方巡業ツアーも活動の合間に行なっている。

 現在へ(2008〜)
2008年9月、3年ぶりのフル・アルバム『カンテ・ディアスポラ』(73分の大作)をリリース。2009年、脱退した河村博司に代わり新加入した高木克が参加したマキシ・シングル『ルーシーの子どもたち』『アクア・ヴィテ』、10年振りのライヴ・アルバム『エグザイル・オン・メイン・ビーチ』をリリース。
三ヶ月に一度(3、6、9、12月)開催される「東(名)阪ツアー」は1997年12月から休むことなく続いており、2007年からは毎年3月に『闇鍋音楽祭』を開催している(『年末ソウル・フラワー祭』は1987年から続いている)。トラッド、ソウル、ジャズ、パンク、レゲエ、ラテン、民謡、チンドン、ロックンロールなど、様々な音楽を精力的に雑食、それを具現化する祝祭的ライヴは国内外で高い評価を得ている。
親交のあるアーティストは多く、同世代や若手世代以外にも、例えば、登川誠仁、田端義夫、加藤登紀子、大城美佐子、照屋政雄、柴山俊之(ex.サンハウス)、パンタ(ex.頭脳警察)、喜納昌吉&チャンプルーズ、ネーネーズ、大工哲弘、梅津和時、渋さ知らズ、有山じゅんじ、友部正人、早川義夫、春日博文(ex.カルメン・マキ&OZ)、OKI、金子飛鳥、原爆オナニーズ、BO GUMBOS、アナーキー、池畑潤二(ex.ザ・ルースターズ)、JAGATARA等とレコーディングやライヴでしばしば共演している。
活動範囲も幅広く、ベトナム、フィリピン(スモーキー・マウンテン)、香港、韓国、北朝鮮、台湾、フランス、東ティモール(独立式典)、ヨルダン(パレスチナ難民キャンプ)、北方領土(国後島)など世界中でライブを、アイルランド、イギリスなどでレコーディングも行っている。アイリッシュ・トラッド界のミュージシャン達や、ビリー・ブラッグ、ミック・ジャガー、ザ・ポーグス、スピーチ(アレステッド・ディベロップメント)、3ムスタファズ3など、海外ミュージシャンらによる評価も高い。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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