マッシヴ・アタック(Massive Attack)
マッシブアタック

マッシヴ・アタック(Massive Attack)はイギリス・ブリストル出身のユニット。2006年までに5枚のスタジオ・アルバム、1枚のベスト・アルバムをリリースしている。また、他のアーティストのリミックスも多数手がけている。

ヒップ・ホップ、レゲエを中心に、ジャズ、ソウル、ロックなど様々なサウンドをミックスした独自の音楽性を有するグループ。方法論的にはダンスミュージックの体裁でありながら、ダークで重く、気だるい浮遊感のあるサウンドが特徴で、そのサウンドは後にトリップ・ホップやブリストル・サウンドと言うジャンルで語られる事となる。抵抗的な音楽(レベルミュージック)としての性格と併せ持った楽曲も多く、それらもマッシヴ・アタックの概観を語るのに欠かすことはできない。

1stアルバム『ブルー・ラインズ (Blue lines)』はその独創性や目覚ましい完成度から非常に高い評価を受け、1990年代後半の多くのブラックミュージックやオルタナティブ・ロック、エレクトロニカ、果てはラップメタル、ニュー・メタルなどにまで、この作品からの直接的・間接的な影響は及ぶとされている。エリザベス・フレイザーらを迎えて制作された3rdアルバム『メザニーン(Mezzanine)』は、ロック色を強めた音像を基調にしつつも、マッシヴ・アタックが影響を与えた多くのグループが生み出した作品からの逆影響が覗える音楽性で、現在までで最も世界的に成功した作品となった。

 1982年 - 1995年
1982年、ブリストルにてネリー・フーパー、DJ マイロ、グラント・マーシャル(ダディ・G)を中心にサウンド・システムを結成し、”ワイルド・バンチ”(Wild bunch)と名乗った。ロバート・デル・ナジャ(3D)、アンドリュー・ヴォウルズ(マッシュルーム)の加入とネリー・フーパー、DJ マイロの脱退を経て解散した。サウンド・システムの解散後に、シングル「Friends And Countrymen」をリリースしている。その後、グラント・マーシャル(ダディ・G)、ロバート・デル・ナジャ(3D)、アンドリュー・ヴォウルズ(マッシュルーム)によりマッシヴ・アタックとして活動を開始する。1988年にシングル"Any Love"をリリース(プロデュースはスミス・アンド・マイティ)。1989年、ネナ・チェリーのアルバム「Raw Like Sushi」に、ロバート・デル・ナジャ(3D)とアンドリュー・ヴォウルズ(マッシュルーム)が参加。ロバート・デル・ナジャ(3D)が共作のシングル「Manchild」は、全英チャート5位(MUSIC WEEK)のヒットを記録した。

1991年に1stアルバム『ブルー・ラインズ (Blue lines)』をリリース。シンガーにホレス・アンディ、シャラ・ネルソンを迎えマハヴィシュヌ・オーケストラのアルバムからのサンプリングが一部使用されている。湾岸戦争時にリリースされたシングル「Unfinished Sympathy」のアーティスト名義は、イギリス政府の意向を受け”マッシヴ・アタック”から”マッシヴ”へ一時的に改名している。「Unfinished Sympathy」は、全英チャート13位(MUSIC WEEK)のヒットを記録した。

1994年に2ndアルバム、『プロテクション (Protection)』をリリースした。マーク“スパイク”ステントをプロデューサーに迎えて制作された。1995年にシングルカットされた「Protection」は、全英チャート14位(MUSIC WEEK)を記録。「Protection」「Better Things」の2曲でエヴリシング・バット・ザ・ガールのトレイシー・ソーンを、「Karmacoma」、「Eurochild」ではワイルド・バンチの準メンバーであったトリッキーをゲストに迎えている。またピアノ、ストリングス・アレンジャーとしてクレイグ・アームストロングが関わっている。

同年、バンドはブリット・アウォーズのベスト・ダンス・アクトに選出された。

1995年にリミックス・アルバム、『ノー・プロテクション (No Protection)』をMassive Attack Vs. Mad Professor名義でリリース。このアルバムは前年にリリースされた『プロテクション』の楽曲(全てではないがほぼ全曲)をダブ・アーティストのマッド・プロフェッサーがリミックスしたアルバムである。プロテクションを斬新に解体、再構築したそのサウンドは結果的にマッシヴ・アタックの新作同様の扱いを受けた。

1998年 - 現在
1998年には3枚目のアルバム 『メザニーン (Mezzanine)』がリリースされた。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやキュアーからサンプリングを多用し、緊張感の溢れる歪んだギター・サウンドとドラムマシンのサウンドが前面に押し出され、その一方でこれまでの彼らにあったジャズの要素は薄れていた。このアルバムはバンドに初めてのアメリカでの成功をもたらした。マッシュルームはこの音楽性の変化に不満を感じ、このアルバムがリリースされた後にバンドを脱退した。彼の後任として(正規のメンバーではないが)ニール・デーヴィッジが迎えられた。『メザニーン』をリリースした後、バンドはツアーに出る。このツアーはこれまでのマイクとターンテーブルと言うシンプルなセットに加えて、ゲスト・ボーカリストにギタリスト、ベーシスト、ドラマー、キーボーティストで編成されたバンドもツアーに組み込まれた。また照明や映像と言った音楽以外の演出も組み込まれた。

2003年に4枚目のアルバム『100th Window』をリリース。このアルバムはダディ・Gが参加せずに制作が行われ、実質3Dのソロ・アルバムとなった。ダディ・Gの不参加の理由は育児のためであった。

2004年にマッシヴ・アタックは3Dに加えニール・デーヴィッジ、アレックス・スウィフトを迎え入れた。この編成で映画『ダニー・ザ・ドッグ ( Danny The Dog)』(監督はリュック・ベッソン)のサウンド・トラックが制作された。翌年2005年には映画『バレット・ボーイ (Bullet Boy)』のサウンド・トラックへ参加した。

2006年には2枚組ベスト・アルバム 『コレクテッド (Collected)』 をリリース。これまでのアルバムからの選曲に加え、何曲かのレア・シングル曲と2曲の新曲「ライブ・ウィズ・ミー」と「フェレース・フラッグス」が収録された。

その後3Dとダディ・Gは5枚目のアルバムWeather Undergroundを制作するために再びスタジオに入った。ただし3Dとダディ・Gは同じスタジオには入っていない。プロデューサーにニール・デーヴィッジを迎え、ダディ・Gはブリストルにある別のスタジオで3Dとは別にこのアルバムのための作業を行っている。またボーカリストにはドット・アリソン、ホレス・アンディ、マイク・パットン、そしてモス・デフが迎えられている。

ヴァージン・レコードからはこのアルバムは2007年2月にリリースされると発表された。しかしながら2006年12月にBBCのレディオ・ワンで3Dが語ったところによれば、このアルバムの制作は遅れており、リリースは2007年中であれば良いと言う事である。また彼は“Weather Underground”と言うタイトルは今となっては気に入らなくなったとも語っている。

2008年6月、「メルトダウン・フェスティバル」のキュレーターを務め、YMO、グレイス・ジョーンズ、ジョージ・クリントンらを招いた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




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