Char(チャー)


Char(チャー、1955年6 月16日 - )は、日本のミュージシャン。ギタリスト、シンガー、音楽プロデューサーである。本名は、竹中 尚人(たけなか ひさと)。東京都品川区戸越出身。血液型はAB型

来歴
8歳でギターを手にする。日々ギターに没頭するのを心配した両親が、Charの部屋に入って「お前は将来何になりたいんだ」と問い詰めたところ、Charは「これ」と、壁に貼ってあるジミ・ヘンドリックスのポスターを指差した

中学時代にはスタジオミュージシャンとしてプロ活動を開始。

1973 年、鳴瀬喜博・佐藤準・藤井章司・金子マリ等とバンド「SMOKY MEDICINE(スモーキー・メディスン)」結成。

1976 年6月『NAVY BLUE』でソロデビューし、1977年〜1978年には『気絶するほど悩ましい』『逆光線』『闘牛士』をヒットさせた。その後、ジョニー吉長、ルイズルイス加部とバンド「JOHNNY, LOUIS & CHAR」「PINK CLOUD」、ジム・コウプリー、ジャス・ロッホリー等とバンド「PSYCHEDELIX」を経験し現在に至る。石田長生と「BAHO」を組んで活動している。また、野村義男の師匠でもある。

1988 年から1997年までインディーズでレコードレーベル「江戸屋レコード」を運営。レーベルにはTOKYO No.1 SOUL SETなどが在籍していた。

2002 年4月1日 - 6 月30日にはテレビ朝日の報道番組『ニュースステーション』のオープニングテーマ曲『A FAIR WIND』やミネラルウォーター「エビアン」のCFイメージソング『Water Business』を担当した。

ライジング・サン・ロックフェスティバルでは、Charとしてだけではなく、奥田民生、山崎まさよしとのユニットである「三人の侍(SAMURAI III)」としても参加。

2006年にはNHK『みんなのうた』で『OSAMPO』を発表する。

人物
「Char」の名前の由来は諸説あるが、本名の「尚人」から「ひさと」→「ひちゃと」→「ちゃと」→「ちゃー」と転じたもので、幼少期からの呼び名である、とする説がある[要出典]。また『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』出演時には、司会のダウンタウン松本人志がCharの”下積み時代からの友人”を自称し始め、「チャーシューメンからでしょ?」と振ったのに対して「そうそう。キャバレーで演奏していた頃、いつもチャーシューメンばかり食べていたために、チャーと呼ばれるようになった」とこれに乗る形で自身が話していたが、松本が昔馴染みという部分も含めて冗談であろう[要出典]。尚、浜田雅功から「(Charさんは)40歳そこそこでしょ?」と聞かれCharが頷くと松本も「まぁ僕も40そこそこですし」と続けていた(実際には当時松本は30代前半から半ばに差し掛かったばかりである)。
「笑っていいとも!」テレフォンショッキングに出演した時、アルバムの本名の表記を見たタモリに、『あぁ、これは名前Charじゃないんだね“タケナカ・ナオト”かー』と言われる(「尚」は “なお”とも読む)が、本人は苦笑いしつつ即座に「ヒサトです!」と返している

イニシャルがHTだという理由で阪神タイガースの大ファンである。また、サッカーJリーグは横浜Fマリノスの大ファンで『45 OVER DRIVE』という名のオリジナル応援歌を書き下ろしている[要出典]。妻の Kanna S. McFaddinは作詞家としてChar関連作品に数多く参加している。バンド「RIZE」のJESSE(竹中空人)は息子。
初期からフェンダーのギター、ムスタングを使用。そのため、当時アメリカで人気の低かったムスタングに日本からの注文が殺到した[要出典]。しかし、Char自身はそれほど機材にこだわっていない。ムスタングを手に入れたのは偶然で、憧れて手に入れたストラトキャスターを盗まれてしまい、同じフェンダーを買いなおしたかったが当時は高くて買えず、プレイヤーとして出入りしていた米軍基地のバザーで安くムスタングを見つけたからである。ムスタングはストラトキャスターより弦長の短いショートスケールのため、他のフェンダーギターより弾きやすく、代表曲「SMOKY」のminor9thのヴォイシングなどはムスタングでなければ思いつかなかったかもしれないと語っている(Charは前述の名前の由来やムスタングの話題のように、何度も答えて飽きている質問であったり、雑誌のインタビュアーが釈迦に説法をするような人物で気に入らない場合は、冗談や遊びの答えではぐらかすことがままある)。しかしながら、21世紀に入ってからはストラトキャスターの使用も以前と比較すると格段に多くなっており、時期によってはムスタングよりも多く使用している様子が映像でも確認出来る。
人生初のレコーディングは「まりちゃんズ」の「尾崎家の祖母」であった。本人はこのことが汚点だったらしく、後に「まりちゃんズ」のメンバーであった藤巻直哉が会った際このことを持ち出した時にものすごく嫌そうな顔をしたという
いわゆる不良中年の様な雰囲気を漂わせているが、息子のJESSEがタトゥーを入れたいと言ってきた時、山崎まさよしにどうしたらいいか相談していたという[要出典]。ただ、別の場所では「俺だってタトゥー入れたいけど、それだけはさすがに親の目の黒いうちは出来ないね。今までやりたい放題やってきたし、おふくろショック死しちゃうよ。だから最初は反対してたんだ、俺がやりたくても出来ないのにやるなって(笑)」等と答えることもある。
『さんまのSUPERからくりTV』ではギターに夢中な少年らの憧れの的として出演、アドバイスやセッションをしている。
高校時代の音楽仲間にはクリス・ペプラーがいた。
最近はジム・コウプリー(ドラムス、元UPP)と一緒に活動することが多いが、レコーディングで渡英した時にジムと親交のあるジェフ・ベックの家を訪問してセッションを行った[要出典]。
石井竜也とも親交が深く、米米CLUBの活動初期の頃は事務所の一部を貸していたり、米米のデビュー前のライブに急遽ドラマーとして参加したこともある[要出典]。
石田長生とのユニット"BAHO"では、ライブの最中は殆ど爆笑トークが繰り広げられる。他のアーティストをおちょくったり、世相を笑い飛ばすなど、とにかく終始笑いが絶えない。演奏する曲も「かえるの歌」をマジメに歌ったり、ベンチャーズのヒット曲"ダイアモンド・ヘッド"がいつの間にか"マイムマイム"に変わっている等、殆どジョークのような演奏を繰り広げている。二人が1、3、5弦と2、4、6弦の三本ずつだけ張ったギターを持ち、ベンチャーズの曲を演奏するという芸をしたことがある。
孫に「おじいちゃん」と呼ばせないため、「ダット先輩」と呼ばせている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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