MICHAEL KIWANUKA(マイケル・キワヌーカ)

マイケル・キワヌーカのデビュー・アルバム『ホーム・アゲイン』ほど、強い印象を残すレコードはあまりない。リスナーは聴きはじめてすぐに、モダンでありながら名作を聴いた時のような親しみのあるサウンドに浸される。これはコンテンポラリーであると同時に時空を超えるという、そのバランスが完全に取れているレコードだ。  「僕はただ、再生するとどこか別の場所に連れていってくれるようなレコードが作りたかったんだ」と、このノース・ロンドン出身の25歳は言う。「贅沢なサウンドのインストゥルメンテーション(楽器編成)と、昔のレコードみたいな感触が欲しかった。温かくて、穏やかで、リスナーを小さな世界へ連れていくような。そこにはヴァイブと音と色が溢れてるんだ」。  キワヌーカにとって音楽的に大きな影響となったのは、マーヴィン・ゲイやオーティス・レディング、ボブ・ディラン、ポール・サイモン、シャギー・オーティス、ロバータ・フラックの『ファースト・テイク』、ビル・ウィザーズの『ライヴ・アット・カーネギー・ホール』、ディアンジェロによるモダン・ソウルの名作『ブードゥー』などだ。特に最後の一枚はキワヌーカのリスナーとしてのテイストが70年代音楽に限られていない証拠だが、彼の音楽に向けられるかもしれない「レトロ」という批判に対しては、彼自身はふっと受け流すだけだ。  「本当のところ、裏には何の意図もないんだ」と彼は主張する。「僕の声が古びて聞こえたとしても、それはまったく意図的じゃない。僕はこういうサウンドが好きだから、こんな曲が生まれてくるんだよ。僕は、レコード契約を取り付けるために曲を書きはじめたんじゃない。自分を表現するために曲を書いたら、こんな昔風のサウンドになったんだ」。  それ以上に、キワヌーカが86年生まれであることを考えると、彼の若く鋭い耳にとっては過去の音楽も新鮮に聞こえるのだろう。「僕には、ああいうレコードって新しく聞こえるんだ。子供の頃、僕の家にはレコードがなかった。ビートルズのアルバムさえ一枚も知らなかったんだよ。だから僕にとっては、どれもまったく新しい音楽なんだ。何十年も前に録音されたものであってもね」。  ウガンダからの移民である両親のもと、ロンドン北部の郊外の町マスウェル・ヒルで生まれたマイケル・キアヌーカは、音楽がほとんど流れない家で育った。10代はじめに北ロンドン郊外のスケーター・キッズ達と付き合うようになったのと同じ頃、ロック(ニルヴァーナやレディオヘッド)に出会う。後に月刊音楽誌の付録として付いてきたソウルのコンピレーション・アルバムを手に取った彼は、オーティス・レディングのサウンドに夢中になる。そこには、"(シッティン・オン・)ザ・ドック・オブ・ザ・ベイ"のアウトテイク・ヴァージョンを録音しながら、オーティスがエンジニアと交わしていた会話が収められていた。その時点から、彼は生々しくオーセンティックな音楽を作る決意を固める。  とはいえ、キャリアの初期に見つけたギタリストとしてのセッション・ワークは、バッシーやチップマンクの仕事など、どれもアーバン・ジャンルに入るものだった。その経験から多くを学んだとキアヌーカは言うが、もっとも大きな教訓は自分自身の音楽的情熱は別のところにあると気付いたことだった。「僕の興味は他の音楽にあった」と彼は認める。「だから、あの仕事はそこへ辿り着くための手段にすぎなかったんだ。それに、僕は僕自身の曲を書かざるをえなくなった。その時やっていた音楽を、自分のハートの中には感じなかったからね」。  ソウルとジャズに深くのめり込みながらも、キアヌーカが本当にインスパイアされたのは、その二つのスタイルをフォークとクロスオーヴァーさせたビル・ウィザーズの音楽だった。「ビル・ウィザーズはとてもルーツ志向で、アーシーだったんだ」と彼は指摘する。「それでも、彼はソウル・シンガーとされた。僕にとって、彼はフォーク・アーティストなんだよ。そのことが僕に続けていく勇気をくれたね。僕はアコースティック・ギターを抱えたブラックの男で、自分がどこに当てはまるのかわからなかったから」。  ロンドンのアコースティック・サーキットで演奏しはじめると、キワヌーカはすぐに注目され、コネを作っていった。特に現在のマネージャーと知り合い、それを通じてコミュニオン・レコーズが彼の音楽に興味を持つ。2011年にはこのレーベルから二枚のEP「テル・ミー・ア・テイル」と「アイム・ゲッティング・レディ」がリリースされ、高く評価された。  EPに引き続き、アルバム『ホーム・アゲイン』のプロデュースを手掛けたのがザ・ビーズのポール・バトラーだ。録音はワイト島の海辺の町ヴェントナーにある、ヴィンテージ機材が詰め込まれたポール・バトラーの自宅の地下のスタジオで行われた。そこで二人はこのアルバムから聞こえるほぼすべての楽器を演奏し、バトラーはフルートからブラス、シタール、ストリングスに至るまで、すべてに素晴らしく親密で緻密なプロダクションを施した。それは、キワヌーカが自分の曲に見ていたヴィジョンとパーフェクトに合致した。「僕らはこのレコードをとてもモダンにした」と彼は言う。「ものすごくエディットしたんだよ。自分達がまさに欲しい音になるまで手を加えたんだ」。  感動的なオープニング曲"テル・ミー・ア・テイル"が鳴った瞬間からすぐわかるのは、『ホーム・アゲイン』が非常に特別なアルバムであるということだ。よりアップビートな"ボーンズ"はまるでプリンス・バスターのように傷心を歌いながらも、抗しがたくキャッチーな曲。"アイル・ゲット・アロング"ではソウルのグルーヴがうねり、このレコードが無駄なものを削ぎ落とした美しい作品であることを証明している。ザ・ステイプル・シンガーズの影響がゴスペル的な曲調から聞こえる"アイ・ウォント・ライ"では、まるでキアヌーカが現代のスピリチュアルなフィーリングを提示しているようだ。一方、"レスト"で彼は優しい愛のララバイを歌い、"オールウェイズ・ウェイティング"ではクラシック音楽の要素をロバータ・フラックの告白調の親密さと混ぜ合わせてみせる。  だが、本作のサウンド、そしてテーマをもっともとらえているとマイケル・キワヌーカが感じているのが、タイトル・トラックの"ホーム・アゲイン"だ。「あれは本当に僕にとって、すべてを繋げる曲なんだ」と彼。「アルバムのために書いた一番初めの曲の一つなんだけど、書いてきた曲をスタジオで変えて、進化させている間も、あれだけは絶対に捨てられなかった。他の曲もそうだけど、あの曲には希望があるんだよね。僕はホームを、安らぎと幸せに溢れる場所のメタファーとして使ったんだ」。  とはいえ、レコード制作中には気持ちを穏やかにしておくのが難しいこともあり、キワヌーカは自分を力づけるものとして曲を利用したという。特にソウルフルな"アイム・ゲッティング・レディ"や、ダークで秘密を打ち明けるような"エニ・デイ・ウィル・ドゥ・ファイン"、そして明らかにその感情について歌っている"ウォリー・ウォークス・ビサイド・ミー"などだ。「心配しすぎると、本当に身動きが取れなくなってしまう」と彼は認める。「僕にはものを考えすぎるきらいがあって。今言ったような曲はどれも、僕が自分に語りかけてるんだ。信じる勇気を持とうとしてね」。  もちろん、この素晴らしいアルバム『ホーム・アゲイン』は、キワヌーカがそんな疑念に悩むべきではないミュージシャンであることを示している。この作品で、滑らかな声を持つシンガーは国際的に知られるようになり、彼の愛するレコードがマイケル・キワヌーカをインスパイアしてきたのと同じように、リスナーの心に触れることだろう。  「僕はただ、他の人にとって自分の曲が何か意味のあるものになってほしいだけなんだ」と彼は話す。「僕にとっては、それこそが音楽の役目だから。好きなレコードはどれも、自分がそれを最初に聴いた時どこにいたかが思い出せるだろう? もしくは、ある時のことや、誰かのことを思い出させてくれる。僕が望むのは、僕の曲が人の心を動かすことなんだ」。

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