グランドマスター・フラッシュ(Grandmaster Flash)
グランドマスター・フラッシュ(Grandmaster Flash

 フジロック2008(金曜日)  RED MARQUEE


グランドマスター・フラッシュ(Grandmaster Flash 、本名:ジョセフ・サドラー、Joseph Saddler、1958年1月1日 - )はアメリカのヒップホップミュージシャン、DJである。

1970年代、ブロンクスで活躍していたDJ クール・ハークからDJを学び、1970年代後半からDJ活動を始める。 その後、グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴ (Grandmaster Flash and Furious Five)を結成し、1979年にEnjoy Recordsから「Superrappin'」をリリース。その後「The Message」など、数々の名曲を生み出す。アフリカ・バンバータ、クール・ハークと並び、ヒップホップの創始に関わる重要なアーティストである。また、現在、数多くのDJたちにとって欠かせない技術であるスクラッチを広めた人物と言われている。しばしば誤解されるが、スクラッチを発明したのはターンテーブルで遊んでいた、彼の親戚のグランドウィザード・セオドアであると言われている。

2009年、アルバム「The Bridge」をリリース。

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RAZORS EDGE(レイザーズ・エッジ)
RAZORS EDGE(レイザーズ・エッジ)

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RAZORS EDGE(レイザーズ・エッジ)は、1996年に結成された日本のロックバンド。PIZZA OF DEATH RECORDS所属。

1996年、KENJI RAZORSを中心に大阪で結成。

1997年、ベースがANIKIからPUNK TAROに変わる。

2000年、1stアルバム THRASH 'EM ALL!! をリリース。

2002年、大幅なメンバーチェンジを行い、MISSILE、KRASHが加入。

2003年、2ndアルバム RAZORS RISING!!!! リリース。

2005年、3rdアルバム MAGICAL JET LIGHT リリース。JUNYA SUGARが脱退。TAKA BEEFが加入し現在のメンバーとなる。

2006年、10周年記念盤 SWEET 10 THRASHERS リリース。

2007年、ツアー SWEET 10 THRASHERS TOUR 2007 を決行。

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Midnight Juggernauts(ミッドナイト・ジャガーノーツ)
Midnight Juggernauts


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銀河を旅する感覚。あなたをやさしく”桃源郷”へといざなう極上スペース・ロックを奏でる Vincent とAndy Juggernaut(バンドのコア・メンバー/実の兄弟ではない!)にドラマーDaniel Strickerを加えた豪州メルボルン出身のトリオ。彼らを高く評価するバンドやアーティスト―Wolfmother、Justice、 Digitalism、Death From Above1979、Electric Six、Gerling、Annie、Chromeo、Pink Grease、Cut Copy等 など―が自身のツアー・メイトに彼らを抜擢。次世代を担うエレクトロ&スペース・ロックの新星として一躍脚光を浴びることとなる。母国オーストラリアに続き、日本を含む世界リリースを果たした2008年春、ますますライヴ活動を積極的に行っており、着実に世界中にファンに増殖中。超スペーシーなサウンドで "キラメキ"を与え続けている!

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THE WHIGS(ザ・ウィッグス)
ザ・ウィッグス

 フジロック2008(金曜日)  RED MARQUEE


競合激しいアメリカのジョージア州アセンズ(REM、B-52sなどを排出)から登場し、今やアメリカ全土のロック・ファンの心を掴みつつある、超話題の新人、ザ・ウィッグス。2005年に学生時代に自主制作でリリースした「Give ‘Em All A Big Fat Lip」が口コミだけで全米に広がり、名誉あるローリング・ストーン誌の「今年要注目の10バンド」に選出、ニューヨーク・タイムズの「ベスト・アンサインド・バンド」にも選ばれるなど、凄まじい勢いでアメリカ・ロックの注目株へと一気に成長。ほぼ休み無くツアーを続け、フランツ・フェルディナンド、ザ・キラーズやザ・フューチャーヘッズといった名立たるバンドとの共演も重ね、ロック界屈指のライブ・バンドとしても評価をされるようになる。その勢いをそのままスタジオに持ち込み、ベックなどを手掛けるロブ・シュナップと共に「Mission Control」を制作、2008年頭にリリース。その後は全国区の人気テレビ番組に連日出演、ビルボードのオルタナ新人チャートで4位獲得、SXSWではマイ・モーニング・ジャケットとヨ・ラ・テンゴなどと競演するなど、その注目は拡大するばかりである。
初期のフー・ファイターズや、往年のザ・フーやザ・リプレイスメンツのロック魂、ザ・ビートルズやエルヴィス・コステロなどのメロディーセンスに例えられ、そのパワフルでパンチ力のある演奏と素直でピュアなボーカルの融合は、正にロックンロールの醍醐味を抽出したようなサウンド。

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ザ・ラスカルズ (The Rascals)
ザ・ラスカルズ (The Rascals)

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ザ・ラスカルズ (The Rascals) は、イギリスのバンド。ザ・リトルフレイムスのメンバー3人で結成された。

ボーカル・ギターのマイルズ・ケインはアークティック・モンキーズのアレックス・ターナーとラスト・シャドウ・パペッツを結成し、UKチャート1位を記録した。 2008年1stアルバム『Rascalize』を発表後、実力派バンドとしてさらなる活躍が期待されたが、2009年8月に解散を発表した。

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スプーン (Spoon)
スプーン (Spoon)

ブリット・ダニエル
 (Britt Daniel) - ボーカル、ギター。

ジム・イーノ
(Jim Eno) - ドラムス。

 ロブ・ポープ
 (Rob Pope) - ベース。

 エリック・ハーヴェイ
 (Eric Harvey) - キーボード、ギター、パーカッション、ヴォーカル。

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スプーン (Spoon) はアメリカ、テキサス州オースティン出身のインディー・ロック・バンド。1994年、ブリット・ダニエルとジム・イーノによって結成され、現在はロブ・ポープとエリック・ハーヴェイを加えた4人で活動している。バンド名の由来はドイツのバンド、カンの曲名から。1996年“Telephono”でのアルバム・デビュー以来、現在までにアルバム7枚をリリースしている。

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ザ・ヴァインズ (The Vines)
 ザ・ヴァインズ (The Vines)

現メンバー

クレイグ・ニコルズ
 (Craig Nicholls) ボーカル・ギター。
バンドの中心人物。卓越した作詞・作曲センスの持ち主。だが一方では暴力行為を働いたり、突然暴れだすなど幾多のトラブルを引き起こしている。
    2004年に発達障害の一種であるアスペルガー症候群の当事者であることが判明[3]。

ライアン・グリフィス
(Ryan Griffiths) ギター

ハミシュ・ロサー
 (Hamish Rosser) ドラムス

ブラッド・ヒールド
(Brad Heald) ベース

元メンバー

パトリック・マシューズ
(Patrick Matthews) ベース 結成時メンバー 2ndアルバム発表後脱退

デヴィッド・オリフ
(David Oliffe) ドラムス 結成時メンバー 2001年脱退
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ザ・ヴァインズ (The Vines) は、オーストラリア・シドニー出身のロックバンド。

荒々しいギター・サウンドにボーカルが絶叫する曲もあれば、1960年代のサイケデリックな雰囲気を漂わせるアコースティックな曲もあることから、しばしメディアからは「NIRVANA meets THE BEATLES(ビートルズに出会ったニルヴァーナ)」と称される。

2002年10月、オーストラリア出身のバンドとして20年ぶりにローリング・ストーン誌の表紙を飾った[1]。ザ・ストロークス、ザ・ハイヴス、ザ・ホワイト・ストライプスなど「ザ」を冠したバンドと共に、しばしば「ロックの救世主」と評される。

 結成〜初期 (1994年 - 2000年)
1994年、シドニーでクレイグ・ニコルズとパトリック・マシューズがアルバイト先のマクドナルドで出会う。ニコルズがギター、ボーカル、マシューズがベースを担当し一緒に演奏するようになる。マシューズの学校の友人のデヴィッド・オリフがドラマーとして加入する[4]。ニコルズはバンド名を、自分が好きなビートルズが訪れたインドの地から「リシュケシュ (Rishikesh)」としたが、地元紙にいつも「Rishi Chasms」とミスプリントされたため「ザ・ヴァインズ」と変更する[5]。由来はニコルズの父がフロントマンであったエルヴィスのカヴァーバンド「The Vynes」から。ニルヴァーナの曲をカヴァーするようになる。

その後数年間、バンドはめったにギグを行わず、地元でも完全に無名の存在であった。しかし、XLレコーディングスの関係者へデモテープが届けられたことから事態は急展開し、限定7インチEP「ファクトリー」をリリースすることになる。2001年11月、NMEシングル・オブ・ザ・ウィークに選ばれる[6]。

『ハイリー・イヴォルヴド』名声と喝采 (2001年 - 2003年)
2001年7月、バンドはデビューアルバム『ハイリー・イヴォルヴド』をレコーディングするために、ロサンゼルスへ向かう。フー・ファイターズやベック、エリオット・スミスなどの作品を手掛けたことのあるロブ・シュナフをプロデューサーに迎える。デヴィッド・オリフが脱退、セッションドラマーとしてジョーイ・ワロンカーが加入。2001年の終わりに、バンドは一旦オーストラリアへ戻りドラマーを公募する。ハミシュ・ロサーがドラムスとして加入、ニコルズの親友であるライアン・グリフィスがアコースティック・ギターとして加入した。

1stシングル「ファクトリー」を2001年11月にリリース。オーストラリアでの関心は低かったが、イギリスで絶賛を受ける。レコード会社は次の EPをリリースしようと考えたが、ニコルズはアルバムを出す意志を譲らず、海外のレコード会社を探し始める。イギリスの Heavenly Records と2001年12月に、オーストラリアではEMIと2002年4月に契約を交わす。シングル「ハイリー・イヴォルヴド」をリリースし全英32位を記録、オーストラリアでもTOP100に入る。

デビューアルバム『ハイリー・イヴォルヴド』は絶賛を受け、バンドはローリング・ストーンとNMEの表紙を飾った。アルバムは全英5位、全豪3位、全米11位をマークし、世界中で200万枚に近い売り上げを記録した[7]。

2003年5月、再びロブ・シュナフをプロデューサーに迎えてスタジオ入りする。

『ウィニング・デイズ』 (2004年 - 2005年)
セカンドアルバム『ウィニング・デイズ』を2004年3月29日にリリースし、全豪7位、全英29位、全米23位を記録した。5月11日に始めたジェット、リヴィング・エンドとの「オーストラリアン・インヴェイジョン」ツアーを終える。アルバムからの1stシングル「ライド」と、2ndシングル「ウィニング・デイズ」をリリース。「ライド」は日産自動車とiPodのCMに起用された[8]。「ライド」のPVはミシェル・ゴンドリーが手掛けている。

2004年5月19日、初の日本公演を行うが、ニコルズが「fuckin hate japan」「fuck you all」などの暴言を並べ散々な結果に終わる[9](のちにニコルズは謝罪[10][11])。

2004年5月の下旬、シドニーのラジオ局のイベントに出演した際、ニコルズが観客に悪態を多くついたことから、パトリック・マシューズがステージを下り、そのままバンドを脱退してしまう[12]。また、ニコルズは演奏中にカメラマンへ暴行を働き、のちに告発される[3]。この事件ののち、バンドはツアーのキャンセルを発表。しかしながら、次のアルバムに向けてレコーディングを行うことも発表する。

『ヴィジョン・ヴァリィ』ステージ復帰 (2006年 - 2007年)
2005年中頃、プロデューサーにウェイン・コノリーを迎えて3rdアルバムを制作していることを発表する。ユー・アム・アイのベーシストであるアンディ・ケントがサポートで加入する。

2006年3月7日、アルバムからの1stシングル「ドント・リッスン・トゥ・ザ・レディオ」をリリースする。4月、3rdアルバム『ヴィジョン・ヴァリィ』をリリースする。

2006年7月17日、新しいベーシストとしてブラッド・ヒールドが加わり、「ジョー・ダート」名義でライヴを行う[13]。

2006年7月22日、豪フェスティヴァルへ出演し、「ザ・ヴァインズ」としてのステージ復帰を果たす[13]。フェスティヴァルでは、元ベーシストで、現在はユース・グループのメンバーであるパトリック・マシューズとの友好的な再会も行われた[13]。シドニーとメルボルンでもライブを行い、どちらもソールド・アウトとなる。

『メロディア』 (2008年 - )
2007年の11月の中頃、1stと2ndのプロデューサーであるロブ・シュナフを起用し、ロサンゼルスへスタジオ入りする。

2008年7月、4thアルバム『メロディア』をリリース。ジャケット・デザインには、ニコルズが考えたものが起用された[14]。フジ・ロック・フェスティバルに出演。

2008年11月に4年ぶりの単独での日本公演が行われる予定であったが、ニコルズの精神状態が悪化したため、オーストラリアのフェスを含め公演中止となった

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フィーダー(Feeder)



 現メンバー

グラント・ニコラス
 (Grant Nicholas 1967-) ボーカル、ギター

タカ・ヒロセ
(広瀬 隆/Taka Hirose 1967-) ベース


過去メンバー

マーク・リチャードソン
 (Mark Richardson 1970-) ドラム (4th-6th)

ジョン・ヘンリー・リー
(John Henry Lee 1968-2002) ドラム (1st-3rd)

 (マークが2009年5月に脱退を表明してから、後任のドラマーは決まっていない。)
 フジロック2008(金曜日)  RED MARQUEE


フィーダー(Feeder)はイギリスのロックバンド。1994年ロンドンにて結成。

 3人の出会いと結成(1992年〜1996年)
南ウェールズ・ニューポート出身のグラント・ニコラスとジョン・ヘンリー・リーは20歳の時に出会う。2人は「Temper Temper」というバンドを結成し、その後「Rain Dancer」と名前を変えて、ウェールズ人のメンバーと共に活動していた。その後のフィーダーの源流ともいえるバンドだったが、うまくいかずに挫折してしまう。その後、グラントはロンドンで働きながら新たな音楽性を模索し、ジョンもグラントを追いかけるようにロンドンへ出てくる。
そうした中、岐阜県穂積町出身の日本人で、中日新聞のロンドン支局で働く傍らグラフィックデザインを学んでいたタカ・ヒロセが、1994年に雑誌「Loot」に出したバンドメンバー募集の告知にグラントとジョンが反応したことで、新たなバンドである「Real」を結成するが、その名前をグラントが気に入らなかったことから「Feeder」(グラントが飼っていた金魚の名前から取ったという)と改称した。

結成直後から精力的にライブ活動を行い、1995年に当時イギリスの新興インディーズレーベルだったEchoと契約する。9月には最初のシングルとして、2曲から構成される自主制作EP「トゥー・カラーズ (Two Colours)」をリリースする。ライブ会場での手売りのみで、現在では非常にレアなアイテムとなっている。
デモテープも積極的に製作し、翌年の1996年6月には、6曲から構成されるミニアルバム「スイム(Swim)」がリリースされ、イギリスで本格的にデビューする。

「ポリシーン」(1997年〜1998年)
1997年5月、初のフルアルバム「ポリシーン(Polythene)」がリリースされ、日本でもデビューする。この頃のフィーダーは、スマッシング・パンプキンズやニルヴァーナの影響を強く受けたグランジ色の強いへヴィなサウンドが特徴で、評論家には「スマッシング・パンプキンズに対するイギリスからの回答」と評されることが多かった。
同年10月にUKでリリースされたシングル「ハイ(High)」はスマッシュヒットとなり、UKでは再リリース版の「ポリシーン」に収録された。フィーダーの代表曲のひとつで、日本でもミニアルバムとしてリリースされている。「ポリシーン」はアメリカではエレクトラ・レコードからリリースされ、アメリカでも本格的にデビューすることになる。1998年はほぼアメリカ・イギリスでのツアーが中心となったが、このツアーはかなり過酷なものだったという。

「イエスタディ・ウェント・トゥー・スーン」(1999年〜2000年)
1999年7月、前述したツアーの合間にレコーディングが行なわれ、2ndアルバム「イエスタディ・ウェント・トゥー・スーン(Yesterday Went Too Soon)」がリリースされる。シングルカット曲の中でも、ツアーでの経験からインスパイアされた曲だという「インソムニア(Insomnia)」と「Yesterday Went Too Soon」は、共にUKチャートで「High」を上回るヒット曲となり、BBCの番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」にも出演した。
そして、同年に開催されたフジ・ロック・フェスティバルに初出演し、これが初来日となった。それ以前からUKでライブバンドとしての地位を固めていたこともあって大成功を収め、タカにとっては凱旋帰国と言うべきものであった。2000年1月には初の単独来日公演が行なわれている。

「エコー・パーク」(2001年)
2001年4月にリリースされた3rdアルバム「エコー・パーク(Echo Park)」は、プロデューサーにピクシーズ、フー・ファイターズなどを手掛けたギル・ノートンを起用。先行シングル「バック・ロジャーズ(Buck Rogers)」「セヴン・デイズ・イン・ザ・サン(Seven Days In The Sun)」が立て続けにヒットし、アルバムも初登場5位を記録している。特に「Buck Rogers」「Seven Days In The Sun」の2曲と、「ジャスト・ア・デイ(Just A Day)」は、プレイステーション2のゲーム「グランツーリスモ3」に使用されたことで爆発的ヒットとなる。「Just A Day」はシングルのB面曲として既にリリースされていたものの、あまりの反響の大きさからA面曲としてリリースされた。

「コンフォート・イン・サウンド」(2002年〜2004年)

2002年1月、ジョンがマイアミの自宅で自殺する。バンド活動・人気共に絶頂かと思われていた時期に訪れた、あまりにも突然の知らせであり、グラントやタカのみならず、多くのファンにとって非常にショッキングな出来事となった。グラントは「メロディよりもジョンの不在が寂しい」と語ったものの、バンド活動を継続することを表明。この決断にはジョンの家族からの説得もあったといわれる。

ジョンの自殺という大きな悲しみの中で製作され、10月にリリースされた4thアルバム「コンフォート・イン・サウンド(Comfort in Sound)」は、UKでは50万枚を売り上げ、フィーダー最高のヒット作となった。このアルバムからの楽曲「ファインド・ザ・カラー(Find The Colour)」が、2003年に日産・エルグランドのCM曲として使用され、日産自動車のCM曲を集めたコンピレーションアルバム「SHIFT-NISSAN CM TRACKS-」にも収録された。同年にはUKと日本でツアーを行い、2004年はほぼ新作のレコーディングに集中した。

「プッシング・ザ・センシズ」・「ザ・シングルズ」(2005年〜2007年)
2005年2月、5thアルバム「プッシング・ザ・センシズ(Pushing The Senses)」をリリースする。このアルバムから、ジョン死去後にサポートのドラマーとして協力していたマーク・リチャードソンが正式メンバーとなった。 同年には3度目となるフジ・ロック・フェスティバルへ出演し、タカがNHKの番組「トップランナー」に出演した。

2006年5月にはこれまでを総括するとともに、新曲3曲を加えたベストアルバム「ザ・シングルズ(The Singles)」がリリースされ、2007年7月には、シングルB面曲を集めた裏ベストアルバムともいえる「ピクチャー・オブ・パーフェクト・ユース(Picture of Perfect Youth)」がリリースされた。

「サイレント・クライ」(2008年〜現在)
2008年3月、新曲「ミス・ユー(Miss You)」がフィーダー公式サイトで配信され、3ヵ月後の6月に、6thアルバムとなる最新作「サイレント・クライ(Silent Cry)」がリリースされる。前作までプロデューサーを務めていたギル・ノートンの手を離れ、ほぼセルフプロデュースで製作された。7月には4度目となるフジ・ロック・フェスティバルに出演し、2009年2月には5度目となる単独来日公演も行なわれた。

同年5月6日に公式サイトを通じて、マークが脱退することが発表される。現時点では後任ドラマーの情報は発表されていない。

2010年現在は、サイドプロジェクトとして「Renegades」名義で活動しており、バンドの公式サイトで新曲を2曲発表している。

音楽性
ジャンル上はオルタナティブ・ロックやインディーロックに属するといわれる。

デビュー当時から一貫して、ボーカルとギターを務めるグラントが書く歌詞と美しいメロディに、ハードな音とアコースティックな音を併せ持ったギターサウンドをベースとしながらも、曲によってはピアノや壮大なオーケストラ、サンプリングなどが取り入れられることがある。こうした「フィーダー節」ともいえる独自の音楽性が特徴であり、アルバムリリースを重ねるごとに独自性を強めている点が魅力のひとつとなっている。
イギリスではトップクラスの国民的バンドであるものの、日本では、その独自性が日本で言うところのいわゆる「UKロック」と立ち位置が異なる事もあり、ベーシストが日本人であるにも関わらずあまりメジャーな存在ではないが、熱狂的なファンは多い。

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MONO(モノ)
MONO(モノ)



Takaakira "Taka" Goto (ギター)
Yoda(ギター)
Tamaki(ベース)
Yasunori Takada(ドラム)
 フジロック2008(日曜日)  WHITE STAGE


MONO(モノ)は日本のポストロックインストゥルメンタルバンドである。1999年結成。ヨーロッパ・アメリカなど、世界中で活動している。

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レンチ(WRENCH)
レンチ(WRENCH)

メンバー

松田知大
(ベース)
Condor Records (3rd Stone From The Sun)を運営。2004年以降トランスバンドStroboでも活動。グラフィックデザイナーとしてはGradelic名義。

MUROCHIN
 (室田政孝)(ドラムス)
ABNORMALSと平行して活動。

SHIGE
(和田成文)(ヴォーカル、シンセサイザー)
AYASHIGE名義でソロ活動。2005年にブライアン・バートンルイス、DJ TASAKAとユニットAGERO結成。

坂元東
(ギター)
2005年、宮崎県出身アーティストによるMMTPに参加。


旧メンバー

名越藤丸
( - 2003年10月)
再結成アナーキー(1996年 - 2001年)と平行して活動。活動休止後は関係メンバーによる各種ユニット(SDR、レジーナ、KASIN)で活動するほか、2005年にCAUCASUS結成。
 フジロック2008(日曜日)  WHITE STAGE


レンチ(WRENCH)は、日本の4人組ロックバンド。

1992年7月、前身となるバンド「FIGHT FOR YOUR RIGHT」を結成。1994年4月に現バンド名に改名、9月にはインディー・レーベルZK Records[1]からファースト・ミニアルバム『WRENCH』を発表。ファースト・アルバム『Black Holiday』(1996年)からの限定盤シングル『空』には、ケン・イシイ、DJ Tsutchie(SHAKKAZOMBIE)によるリミックスが収録されている。メロコアをはじめとするラウド・ミュージック・ブームの初期にあたり、ハードコア、ミクスチャー・ロックとして売られたが、ピンク・フロイドやフランク・ザッパをカバーするなど1970年代のプログレッシブ・ロックやハードロックからの影響も色濃い。1998年には、Hi-STANDARDのラウド・ロック・イベントAir Jam98(東京・豊洲ベイサイドスクエア)にも出演した。

1999年、メジャー・レーベルVICTOR / HAPPY HOUSEと契約し、サード・アルバム『BLUE BLOOD BLUE』を発表。以降、ベスト盤を含めて8枚のアルバムをリリースした。ボーカルのSHIGEは、AYASHIGE名義でテクノ、トランス作品を発表し始めるが、このような四つ打ち的なビートはレンチの作品にも徐々に取り入れられていく。森脇美喜夫が「サイケ・ヘヴィ」(『Doll』 169.p48)と評した24分のインストを含む『Clinic of Satanic』(2001年)を経て、『Overflow』(2003年)ではプログラミング音を本格的に導入したデジタル・ロックサウンドが試みられた。ハードコアとエレクトロ・ロック、ダンスミュージックの融合がバンドの方向性となるが、「クリック聞いてやるのはイヤ」(『Indies Issue』vol.7 p27)だったドラムの名越が脱退、元ココバットのMUROCHINの加入までバンドの存続が危ぶまれた。2007年以降は cutting edgeからアルバム『nitro』、2008年に浅野忠信、石野卓球、セイジ(ギターウルフ)、HIFANAらとのコラボレーションアルバム『drub』をリリースしている。

「現場(ライブ)主義」サウンドを標榜し、ライブ活動には初期から力を入れている。ZKレコード時代はNukey Pikesやカウパーズとのイベントのほか、UNSANEやRollins Bandといった来日バンドのオープニングにも出演した。メジャー契約以降では、アメリカのSXSW(2001年)のほか、Air Jam 2000、ライジング・サン・ロックフェスティバル(2002年)、サマーソニック(2002年)、フジ・ロック・フェスティバル(2003年前夜祭、2008年)といった大型ロックフェスやツアーだけでなく、渚音楽祭(2008年)などさまざまなレイブ企画にも参加している。ジャンルの垣根を越えた企画も多い。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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